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野原裕美の今日のヒトコト

ヒトコト(人事・育成・成長)についてのブログです。基本的には、組織で人を育てる立場の方、育てられる立場の方に向けて書いていますが、「ヒトコト」とは全く関係ない話もしています。
ホームページは、http://nohara.main.jp/indexです。

一応念のためご報告
このところ、ブログを全然更新していません(笑)。

知人にも、遠まわしに(時にはダイレクトに)「いつになったら更新するんですか?」とか、「いい加減次を書こうよ」と言われます。

はい。すみません。

元気がなくなったわけでも、疲れているわけでもないんですが、いろいろなアプリケーションと連動したFacebookやTwitterの使い勝手の良さ手軽さに惹かれ、最近はそちらでいろいろ書いているんです。

おかげさまで、相変わらず元気かつハッピーに生きております。

ということを、一応ご報告(笑)。

ちなみにTwitterに英語で書いている分は、このブログの右下に表示しています。
Facebookには、そういう機能は確かないですよね??

それにしても、どんどん便利なツールが出てきて、これからもいろいろと変化していくと思うんですが、コンテンツをどう分散するか、結構悩みます。一つのメディアに全部貯めてて、それを使わなくなったらコンテンツが全部なくなりますよね。かといって、あちらこちらに同じことを書いてもムダですし、時間ももったいない。

それぞれのツールの特徴と使えるアプリと諸々の環境を総合的に考えて使い方を組み合わせるしかないんでしょうね。

| 野原 裕美 | ビジネスよもやま話 | comments(4) | | ログピに投稿する |
転職するとしたら?
「人はお金のためだけに働いているわけではない」ということは、いろんなところで語られますし、私たち自身も自分を振り返ってそう考えることもありますよね、きっと。

「じゃあ、私たちは何のために働いているのか」については、学者によるいろんな研究や調査がありますし、経営者の方々が書いた自己啓発本も数多く出版されています。

この「何のために」というとても個人的なテーマ、「こうあるべき」と他人が押し付けられるものではないので、私たちにできるのは、「こういう考え方もありますよ」レベルの情報の共有だと私は思ってます。

他の人の考えを聞いて、「へ〜」とか「ほ〜」とか思うことが、自分の考えをまとめるのに役立つ。そういうことは、確かにありますね。

そこで、「転職するとしたら、最大の理由は?」についての他のはどんな風に考えているんだろうと、先ほどAsk 500のサイトを使ってアンケートを作ってみました。これまでに世界のいろんな地域から、何人かの人が答えてくれていて、アンケート結果をいろんな切り口で見てみるのは、とても面白いです。

ask500

地域別で見ると、今のところ、転職理由は「お金や権力を増やすため」と答える人が、アメリカが(GDPがアメリカよりも低い)インドよりも多いのも興味深いです。

年収で見ると、年収200万円あたりの人と800万円あたりの人との両方で、「もっと面白い仕事をするため」と答える人が多いというのも面白い。

まだ回答数が少ないので、統計的有意性は低いですが。

ユーザー登録をして答えを投票すると、これらいろんな分析結果が全部見えるようになります。全世界から回答が欲しいので英語表記にしてますが、もしご興味あれば参加して、他の人はどう答えているかみてください。 もちろん無料です。

ユーザー登録してなくても、投票しなくても、国別の回答結果は普通に見えるはずなので、ご興味あればどうぞ。

| 野原 裕美 | ビジネスよもやま話 | comments(0) | | ログピに投稿する |
逡巡がないことに対する戸惑い
大学院の授業では、一つのテーマや問題について議論する機会が結構あります。

こういう議論の場は、参加者それぞれが自分の主張を明確・簡潔に、かつ切れ味良くまとめて、自分の意見を通す競争のようになることもあります。時には議論のための議論になったり、相手を論破したという爽快感を持つことが目的になったりして、みんな真剣なだけに、後で客観的に振り返ると結構笑えたり。

で、この「明確・簡潔・切れ味良く」を目指す場では、戸惑いや逡巡といった思考の停滞は、全くマイナスなわけです。戸惑って「あっちの気もするし、こっちの気もする。いや、もしかすると、どちらでもないかも」なんて言おうものなら、「考えがまとまってないのに、発言するな」的失笑で一瞥され、即座に隅っこに押しやられます。まぁ、次の発言の機会は、その授業の中では回ってこないかも。そして、何度もそういうことをすると、もう何を言っても周囲から真剣に聞いてもらえなくなるかも。

そして、ビジネススクールにおける「明確・簡潔・切れ味良い」議論の着地点は、大抵の場合、経済的な成功です。簡単に言うと、「それでいくらもうかる?」「どれだけコスト削減できる?」「法律にひっかかることはない?」というお話。

でも、議論の切れ味を優先するあまり、あまりにも議論に逡巡がなさすぎることに、最近ちょっと危うさを感じるんですよね。

現実には、逡巡を重ねても自分の選択に確信が持てない、でも迷い続けるわけにはいかないので、断腸の思いで、リーダーとして辛い選択をする、なんてことありますよね。

例えば、業績の悪い会社を存続させるために、一部の人を解雇しなくていけない。
もしくは、それまで操業していた工場を閉めなくてはいけない。

その決断が正しいかどうかではなく、その決断をすることに、人として戸惑いや逡巡があることは、とても自然だし人間的なこと。でも、組織の長として、行くも地獄、残るも地獄の選択をせざるを得ない。

このようなことが、人生にも仕事にもあると思います。
「あの時はああせざるをえなかった」とは思いながらも、どこかに「本当にあれ以外方法はなかったんだろうか?」という思いを引きずっていたりする。人を傷つけたことに、自分が傷つく。

「そんなメランコリックになっても、何も生まれないし、そういう非生産的なことは、まぁやめときましょうよ」

ビジネススクール的には、それも正解かもしれない。
でも、本当にそれでいいのかなぁ。
ビジネスとは、非人間的になることとは違うから。

「こういう症状が出たときには、こうやって解決できます」というパターンを幾通りも覚えて、「こうなったら、こう反応する」というパターン練習を繰り返していると、瞬発力は確実にあがるけれどね。まるで、ボタンの早押し競争のように。

例えば、「今の時代、社会的責任を果たしていると世間に発表できないと、良い人材は採用できないから、CSR活動をアピールしましょう」って発言があったとしたら、きっとうなづく人は少なくないと思うけれど、「そもそも社会的責任って、そういうものなんだっけ??(笑)」という考え方もありでしょう?

教科書的には今は○のことが、将来社会の価値観や状況が変わったときに×になることって、結構ありますよね。

周囲に翻弄されず、「自分は何を正しいと思うか」に寄り添って自問自答し続ける力は、その人の文化や哲学や倫理が育むものだと思う。ビジネススクールに、哲学の授業って何でないんだろう??

| 野原 裕美 | ビジネスよもやま話 | comments(0) | | ログピに投稿する |
素敵な先輩たち
今日は、いつもお世話になっている方が経営される会社の設立25周年記念パーティーへお邪魔させていただきました。

この方は、日本における組織開発の第一人者なので、当然ながら確固たる理論や哲学をお持ちで、会社としても個人としても何冊も著書を出版しておられるのですが、同時に精神的にも非常に豊かな先輩。

これまで何年かご縁をいただいていますが、富や名声といった個人的エゴの充足レベルはとっくに卒業され、本当の意味で「事業」と「社会参加」を統合されている方だと感じています。そしてその様子が、いつお会いしても揺らがない。景気が良いときも、不景気の時も。晴れの日も雨の日も。

この先輩にお会いするたびに頭に浮かぶのは「成熟」の文字。

人が年をとり成熟するとどうなるか。それを無言で提示してくれる方。

もちろん人それぞれキャラクターがあり、成熟の仕方もいろいろだけれど、成熟した人誰もが発する「揺るぎない存在感」というものを彼から感じます。

こういうのを「かっこいい」と言うのだなぁと、今日も改めて思いました。

かっこいい人の周りには、かっこいい人が集う。笑顔の人の周りには、笑顔の人が集う。豊かな人の周りには、豊かな人が集う。

素敵な先輩と会うと、年をとることが益々楽しみになると同時に、仲間になれるよう自分も成長しなくちゃと、後輩としてはちょっと背筋が伸びるのでありまする(笑)。

| 野原 裕美 | ビジネスよもやま話 | comments(0) | | ログピに投稿する |
London Niteで火がつきました(笑)。
数時間前ラジオを聴いていたら、InterFMの番組に大貫憲章氏が出ていて、ロンドンナイトの特集をやってました。
ロンドンナイトとは〜)

クラブが大いに盛り上がっていた学生時代、友達と大貫氏が主宰するロンドンナイト(@西麻布ピカソ)に行くのがすごく楽しかったので、とても懐かしい!

大いに盛り上がって踊る気満々で終電で行くのはいいのだけれど、お酒が全く飲めない私は素で盛り上がってもまあ3時間もはしゃぎまくればかなり疲れてくるので、朝3時過ぎから始発までの数時間がすっごく長かったのを覚えてます。

学生なので、自宅までタクシーに乗るお金はないし、かといってクラブは仮眠できるような場所じゃないし、お酒でべろべろに酔っ払ってる友達はまだまだGoGo!な様子だし、「え〜ん、私だけしらふなのね」という状態(笑)。でも、かかる曲が大好きだから、やっぱり最後までいないと気がすまないという、ジレンマの数時間。

その後学校を卒業して、海外行って、帰国して、就職して、転職して、すっごく時間がたって、ロンドンナイトの話を当時の友達と大切な思い出として語り合うことはあったけれど、大貫氏はずっとロンドンナイトを続けていたこと、今夜のラジオで知りました。

もう30年だって。すごいですね。

12月18日には、川崎のチッタでイベントがあるとか。Congratulations!!
あまりに懐かしいので、ロンドンナイトでよくかかってた曲を動画検索してみました。













きりがないくらい、思い出してきましたが、もう一つだけ。



Thank you, London Nite!

| 野原 裕美 | 心のサプリ | comments(0) | | ログピに投稿する |
その「勝ち」は本当に「勝ち」?
仕事の成果を計る目安として、「コスト」だとか「工数」だとかを使うことがありますよね。

当然のことながら、同じ仕事をするなら、コストも工数も少ない方が良いと。

これらはあくまでも例ですが、それ以外にも成果を客観的に計るためには、何らかの数字を使います。

良い数字が出ると、個人も組織も良い評価がもらえる。
数字は誰が見ても同じだから、主観が入らず公平な評価ができる。
というのが、まぁ一般的な感覚かと思います。

でも、「いくらなんでも、数字で全て評価するって、そりゃぁ、乱暴すぎでしょ」と突っ込みたくなった人、きっと少なくないですよね。

はい。私もそう思います。
確かに数字自体は公平な指針だけれど、その数字が何を意味するか、その数字がどうやって作られたかは、どんな場合も同じわけではない。

良い数字は上がったけれど、その裏では、評価項目に入っていないものがすごく傷ついていたり、評価項目から漏れているその傷ついているものの方が実際のところ大切だったりということ、あります。

でも、特に若いとき、仕事の経験が浅いときは、与えられた数値に正直にがんばろうとします。

もちろん正直にがんばることは正しいし、その努力を責めたらその人の立つ瀬がなくなりますが、真面目で優秀な人ほど、会社や上司から与えられた数字を達成することに邁進しすぎて、大局的な視点を失いやすいのかも。

真面目だから、適当に流さないし、優秀だからなんとかして数字を達成できて「しまう」。つまり、本来はプラスであるはずの特徴ゆえに、途中であきらめず、目標を達成するけれど、実はそれが仇になるというケース、ありませんか。

例えば、短納期で仕事を完成させないといけない場合、その人はチームメンバーを説き伏せて、なんとか無理して仕事を時間内で完成することができるかもしれない。けれど、その人に「数字を守るのは当たり前」「自分だって会社のためにやってるんだから」という気持ちが先走り「すぎる」と、無理をしてくれたメンバーに感謝することすらなく、「自分ががんばってやらせました」的態度になったりして。

こうなると、数字は達成したけれど、本人に対する人望がガタガタになってしまったので、長期的に見ると大きなマイナスかも。

短期的な評価としては合格だけれど、長期的な評価では不合格。

一所懸命仕事をしているときほど、こういう落とし穴に落ちやすい。
その「勝ち」は、本当に「勝ち」なんでしょうか?

| 野原 裕美 | ビジネスよもやま話 | comments(0) | | ログピに投稿する |
隠れた意味を見つける人たち
予定通り、ブリュッセルへの出張から昨夜戻って来ました。
前回のエントリーでも書いた通り、今回の出張の目的は、 クライアントの欧州統括拠点を訪問して、その他の欧州地域から集まったHuman Resource Development担当者の人たちと会い、彼らの人材開発活動を支援するための打ち合わせなどを行うこと。

3日間とも、前向きかつ優秀な人たちと、具体的かつ実践的なナレッジが共有でき、非常に有意義な出張となりました。統括拠点の皆さんが、全力でホストしてくださったことも成功要因の一つです。非常にありがたいことです。

各事業所のHRDを担当する役割を担って出張してきている人たちですから、当然モチベーションが高く、リーダーシップを発揮できる人たちが選ばれているのですが、今回3日間彼らといろいろな議論をして、彼らの成功要因を観察してみました。

ちなみに、彼らは全員ローカル採用の社員で、一名の方以外は日本人ではありません。それぞれの拠点においてこれから特定の施策を展開する役割を担っている、と言うこと以外、プロフィール的には彼らに共通点はありません。各拠点の規模、歴史、彼らが得られる支援規模、地域文化、社会背景など、みんなバラバラ。

で、今回会った人たちの成功要因ですが、ものすごく簡単に言うと、「自分の仕事に意味を見つけているかどうか」。

Job description的な期待・役割だけでなく、
「その仕事が持ちうる価値」(既に明確になっている価値だけでなく、今後の可能性としての価値も含め)
「その仕事に自分が何を付加できるか」
「それを付加することで、自分はどんな成長ができて、どんな精神的報酬が得られるか」
を彼らは無意識のうちに考えています。

だから、彼らは自分の仕事に無限の可能性を「創り出す」ことができるし、それに邁進しているうちに、自然と自分の能力も高まる上、そういう姿勢で仕事をしているうちに、他の優秀な人たちとのネットワークも広がる。

つまり、「意味を見つける」→「仕事自体を楽しみながら精進する」→「能力・人脈が広がる」というスパイラルを続けています。

彼らの思考や行動は、与えられる報酬を基点としていない。

つまり「いくらもえるんだったら、これだけのことをします」という、一見合理的だけれど、実は自分の満足度を他者にゆだねる危険性のあるものの考え方はしない。

もちろん日々の作業的には、実のところ価値を見出しようがないムダなものもあるでしょうが、彼らは常にその上を見ている。

ムダな作業があれば、それは方法論なのだから、やり方を変えればいい。やり方を変えて、自分が見つけた仕事の価値や意味に早く近づけるようにすればいい。ただそれだけ。

方法はあくまでもいろんなオプションの一つだし、他人と相談して決めたり変えたりすることが比較的できやすいけれど、その人にとっての「仕事の意味」は、自分で考えるしかない。そして、一度考えれば不変というものではなく、何度も何度も考えることで、意味の内容やレベルは上がっていく。

仕事の意味を自分で創れる人は強い。

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「問い」がたったら後は進むだけ
今日は大学院の課題提出締切日。
といっても、いろいろな課題提出の締切日が毎週のようにあるので、取りこぼさないように管理しないといけないのですが、今日の課題は私とってはちょっと特別。

課題のお題は、卒業要件の一つである個人別Business Projectの内容をレポートとしてまとめるというもの。自分の会社で新規プロジェクト立ち上げるとか、数ヶ月他の会社へインターンシップへ行くとか、修士論文を書くとか、社会人大学院なのでいろいろとオプションがあって、私は修士論文を書こうと思っています。だから、私のレポートの内容は、修士論文で研究したいテーマとその研究方法。

カンファレンスでの発表内容を決めるときもそうだけれど、自分が研究したいもののテーマ、つまり「自分の問い」を明確にする段階というのが、実は一番難しいのかもしれない。普段からある課題意識や好奇心を絞り込んで、分析する価値があって、なおかつ分析できる大きさの問いにする。この絞込み段階で、自分が何を知りたいのか、その答えを見つけることが、自分の好奇心を満たすだけではなくて、他人や社会にどんな風に役立つのか。そういうことをグルグルと行きつ戻りつしながら形作っていく過程を経て、明確な「問い」がたったら、後はひたすら調査作業をするだけ。

そう簡単に「だけ」と言えるほど簡単なものではないだろうけれど、何をしなくてはいけないかは、少なくとも見えている。

やっぱり仕事の「What」を考えるのは、「How」を考えるのとは違う種類の難しさです。

会社の仕事でも、職位が上がるにつれ、HowよりもWhatを考えることが求められますよね。

レポートを無事提出して、指導教員になって欲しい先生と夕方から面談。同じ先生に指導して欲しいクラスメートが何人か集まって同時に面談したので、他の人の研究テーマや興味が分かって、非常に有意義な時間でした。

で、面談が終わったらその足で成田空港へ。空港のラウンジで今このエントリーを書いています。

後1時間ほどしたら、パリ行きの便に搭乗します。パリに着いたら、TGVでブリュッセルへ。月曜日からは、昨年の年末に会った人たちと再会して、また彼らの会社の未来を作る話で3日間ほど大いに議論する予定。

では、See you later.

| 野原 裕美 | ビジネスよもやま話 | comments(0) | | ログピに投稿する |
「ウェブで学ぶ」で学びました。
1ヶ月ほど前にAmazonで発売前予約してその後忘れていた「ウェブで学ぶ」が、昨日届き一息に読みました。

普段漠然と考えたり感じたりしながらも明確な思考になっていないものを、かなり洗練されたレベルに昇華して、なおかつ「お見事!」と拍手したくなる表現でスパッと目の前に出してくれる。梅田氏の著書を読む度に、そういう刺激をもらってきました。

今回は、これまで氏が「ウェブ進化論」や「ウェブ時代をゆく」で提示してきたものをベースとして、オープンテクノロジーを使った教育分野の専門家である飯吉氏と一緒に、たくさんの事例を提示してくれている、という印象。

ウェブを使ったいわゆるソーシャルラーニングってものが、テーマとして随分こなれてきているからか、視点としてものすごく新鮮というものはないけれど、ウェブでの学びがどんな風に熟成してきているか、それによって私たちの行動がどう変わってきて、この先どんな風に変わっていく(と思う)かを、すごい量の例を使って語ってくれています。

それはもう、すごい量の事例です。事例がtoo manyだと思う人は、適当に飛ばして読んでもいいくらい(笑)。

で、私も適当に飛ばしながら、興味を持ったものものは、いくつか試してみました。

例えば、Khan Academyの数学の授業。



これ、めちゃくちゃ分かりやすいです。とあることで微分思い出すのに苦労していた数週間前に知ってたらなぁ。

と、大人の私が思うくらいなので、リアルに微分に取り組んでる学生にすれば、これは家庭教師みたいなものなのでは?おまけに無料で、嫌な顔をして「まだ分からないの〜?」などと言ったりせずに、何度でも同じことを言ってくれる(何度リプレイしてもいい)わけです。

こういうのを見ると、「これからの教師の本質的な価値って何?」とか「商材としての教材の価値って何?」とか、「音楽ダウンロードとアーティストのビジネスモデル変更と似てるかも」とか、いろいろと考えることが増えます。

2000年前後にeラーニングが万能な革命的存在のように扱われた、いわゆるeラーニングバブルの時期を経て、今どういうポジションに落ち着いているかも思い出す価値ありです。新しいテクノロジーが出てきても、代替不可能な本質的な要素は、当然ながら残る。

みなさんは、ウェブに代替不可能なものって何だと思いますか?

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8月最後の週末は、旧友と再会
「もう学校始まるのに、宿題まだやってないー!」という小学生時の気分を懐かしみながら、思い出して書く夏休みの日記的エントリーです(笑)。

あっという間に8月も終わり、いよいよ秋の気分が始まる9月ですね。
今年の夏は、学校が始まったこともあり、いつもより更に昔の夏休みを思い出すことが多かった。おまけに、8月最後の週末には、大学時代の友人が東京へ遊びに来てくれ、東京在住組の仲間とワイワイと集って、文字通り「なつかしー!!」。

普段からメールのやりとりはしているし、長年会ってないわけではないけれど、会うたびにやっぱりなつかしいし、ある意味新鮮な気もします。仕事だとか家族のことだとか、変化が目に見えやすいことだけでなく、一時にそれなりの時間をかけて話すからこそ出てくる話題だとか、気分だとか、そういう「会えばこそ」なものも共有できて、会うたびにいろんな発見があるから。

それに、出会ってから今までの長い時間が、いろんなことを熟成させてくれているようにも思います。私たちが気づかないうちに、自然と。

友人とのなつかしい再会は、思い出が深まると同時に、会うたびに何か新しいものも生んでいるように感じますし、これからも一緒にいろんなものを創っていけたら幸せだなと思います。

そしてお互い、ジジババになるんだね(笑)。それは、かなり楽しいことのような気がするなぁ。

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